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今度こそ、正義の味方だ。
本庄はそう思っていた。
木製のやわな扉を足で蹴飛ばし開く、その音に気付き中にいる五人の人間が全員本庄を見る。蝶番が壊れ、扉が斜めに曲がったのも注意をひきつける格好の的になった。
そこからはもう本庄のイメージどおりだ。
まず本庄は椅子に縛り付けられた男の隣で銃を構える男に二歩跳んで急接近する。突然のこと過ぎて男は銃口を椅子の男に向けたまま口を間抜けに開けていた。
本庄は左手で右拳を握り自身の加速も乗せたエルボーを男の顎に叩き込んだ。
「もごぉ」
何か言おうとしたのか、男は声を発してすぐに倒れる、本庄はそれを見届けずに体の向きを変え次の標的を狙う。
本庄から見て十時の方向にいる二人の男達はすでに懐から凶器を出していた。片方は銃でもう片方は軍用のナイフだ。
本庄は再び一歩大きく跳び、まずは右の男のナイフを持つ手を蹴りつける。
近接戦闘において本当に厄介なのは拳銃ではなくナイフだ。達人のナイフはそれだけで周りの人間を皆殺しにするだけの殺傷力を持っている。逆に狭い室内では、特に味方が近くにいると拳銃の発砲はしづらい、と本庄は経験と知識から最良の答えを導き出した。
腰の捻りを加え遠心力のかかった回し蹴りは、男の持った拳銃を叩き落とすには充分過ぎであり、男のバランスを崩すというお釣りまで返ってきた。
すかさず本庄はその隣ですでに拳銃の安全装置を解除した男の右手を蹴りつける。ナイフの男と違い、拳銃は足を思い切り上に振り上げ天井に跳ね上げた。そしてそのまま男の脳天にかかと落としを食らわす。長身の本庄には難しいことではなかった。
次に本庄が向かったのは自分が破壊した扉の隣で番をしていた男だ。本庄が扉を壊したショックを一番受け動揺していたのがその男だった。無残にも他の男たちと違い懐に手を入れることすら忘れていた男には腹に一発拳を入れるだけで充分だった。
「うぉえっ!」
腹を殴られた男は悲鳴を上げ状態を崩した。だが本庄はその男を倒さずに胸倉を掴み左に向けた。
「何」
本庄に拳銃を向けていた最後の男が声を上げる。味方を盾にされてしまい引き金を引くことに一瞬ためらった。
その隙を本庄は見逃さず、掴んだ男を投げつけ急接近し、拳銃男のコメカミに大振りの裏拳をぶつける。その男を気絶させるには充分だった。
そこまでの所要時間が十四秒。
本庄が部屋に殴りこんでから室内の状況が激変するまでにかかった時間だ。
五人全員が動かなくなったことを確認すると、本庄は椅子に縛られた男の縄を解くため近づいた。
「あ・・・助かった!アンタ、強えなぁ!!」
男は半分涙を流しながら本庄にそう叫んだ。よく見てみると、左手の親指と人差し指のつめが剥がされていた。
「子猫ちゃん・・・って感じじゃないなぁ、アンタは」
「はぁ?」
本庄は縄を解きながら男に呟いた。男は安心感か途端に砕けた口調になっていた。
「外には見張りはいない。後は勝手に帰れ」
「あぁ、本当に済まなかったな。恩に着るぜ」
縄を解くと男は本庄に礼を告げ壊れた扉から走り去っていった。
そして物騒な男たち五人が倒れているだけの閑散とした室内を見渡し本庄は落胆した。
今度こそ、正義の味方だ。
本庄の期待は、またも大きく外れた。
物騒な男たちが、またもや物騒な男を縛り上げ拷問を行っていた薄汚い建物を出て二時間後、本庄の携帯電話が鳴った。本庄はボタンを押し通話状態にする。相手はわかっていた。
「いやぁよくやってくれた!今しがた部下が帰ってきた!」
「そうか」
相手の声に本庄は無愛想にこたえる。
「部下に聞いたがうわさどおりの仕事ぶりだったそうだな。どうだ?正式にウチの組に入らないか?」
「そういったことに興味はない。金は指定の口座に振り込んでおいてくれ」
「ふふふ、冷徹なところもうわさ通りか、また何かあったらよろしく頼むよ。モンスタークラッシャー君」
相手は下卑た笑い声を上げ電話を切った。
本庄は携帯電話を机に置き、点けっぱなしにしていたテレビを眺める。
画面には、頭のてっぺんがはげた中年の男が映っていた。何でも悪質な少年犯罪について自分の意見を語る犯罪心理学者らしかった。
特に興味はなかったが本庄はその男の話をなんとなく聞いていた。
そして、心理学者の言った一言が耳に残った。
「やっぱり人間ってのはね、ずるずる駄目になっていくものなんですよ」
翌日の朝、銀行が開くと同時に本庄は一番乗りで入店し、ATMに自分の通帳を差し込んだ。そして昨日付けで入金されているのを確認した。
本庄には金を使う理由が特にないので、当面の生活費だけを引きおろして封筒に入れ銀行を後にした。
帰り道、本庄はずっと昨日聞いた心理学者の言葉が頭に引っかかっていた。
俺は一体いつからずるずると駄目になっていってしまったんだろう、本庄自身、明らかに穏やかではない連中が明らかに穏やかではない用件で明らかに穏やかではない連中に暴力を振るってくれと自分に頼んできて、それに応じて金をもらっている現在の状況は決していいものではないと分かっていた。
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