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崎本は六歳になるまで、自身は特に変わった存在ではなく、犬の言いたいことが分かるというのは、全ての人間に共通して出来る所業だと思っていた。
だが、その考えは彼が六歳になり初めて友人宅の誕生パーティーに呼ばれた時に瓦解する。崎本の友人がその家のペットのスコティッシュ・テリアをぬいぐるみを扱うように抱きしめた際、締められたスコティッシュ・テリアが「苦しい、そんなチョコレートまみれの手で触るな。この眼鏡」と言ったのを代弁したときの周囲の人間の奇異の視線を、崎本は生涯忘れることはない。
「なぁ、お前たち何なの?何しに来たの?」
「うるせえな。すぐ消えるよ」
崎本の足元の小汚い雑種たちの何匹かは、崎本の周りでわめいていた。。
どうしてこいつらは俺にばかり話しかけてくるんだ、と崎本は内心うんざりしながらその言葉を無視し続けた。
「崎本くん。犬に好かれてるんだねえ。うらやましいな」
崎本たちと全く同じ経緯で新宿にたどり着いたと言う田部はそう言った。
「てか、田部は小柴佳代と知り合いなの?」
「うん。サークルの先輩・・・最近全然大学に来ないから、心配で河北君なら何か知らないかって聞いてみたの。」
「あぁ・・・後輩ってお前のことか」
どうして俺の周りにはこう人にあげても余りあるようなヒマを持て余した人間が多いんだ。
「崎本くんも、佳代先輩の知り合い?」
「知り合いの知り合いの知り合いだね」
「面白いね。崎本くん」
すると、ホームレス男と話しこんでいた川北が崎本たちの元に戻ってきた。
「全貌が見えてきたぞ。崎本君」
河北は中世の探偵じみた話し方で語り始めた。
小柴佳代の付き合っている男は、日頃から金銭感覚の薄い男で、趣味に金をつぎ込みすぎて借金を作ってしまったらしい。小柴佳代は、なんでもその趣味つながりで男と出会ったらしくそれ以来頻繁に新宿を一緒に歩くようになったらしい。「ようは出会い系だよ。多分」と河北は崎本にだけ耳打ちした。
「駄目な人だねぇ」
「結局こいつらだって、中途半端に餌付けされたせいでこうやって飼い主がいなくなった困ってんだ」
崎本が犬を見下ろしながら言うと犬たちが一斉に講義を始めた。
「おっちゃんはいい人だぞ!」
「お前なんだか知らんがおっちゃんを馬鹿にしてるな?」
「お前何なんだよ!」
崎本は眉をひそめて
「うるさいなぁ・・・悪かったよ」
その様子を見て隣に腰掛ける田部が笑った。
「崎本くん。本当に犬としゃべってるみたいだね」
「犬は人間と同じぐらいうるさい。・・・で、川北。結局問題は何も解決してないじゃないか」
「そうなんだよ。どうすればいい教えてくれ」
崎本はこのどこまでも中途半端な男にこの際激昂してやろうかとも思ったが、それもほとんど徒労だろうと諦め、思索に入った。
「まず、小柴佳代は金の使い方を知らない駄目中年と援・・・付き合っていた」
崎本は現在の情報をまとめるにあたり、川北同様、隣にいる唯一の女性を気遣った。
「で、その中年が消えたと同時に消えた。つまり、小柴佳代は中年を追っかけてる借金取りから逃げ出したのかもしれない」
「何か映画みたいな話だね」
「成る程な、多重債務を抱えてるおっさんの交際相手なら狙われるかもな。そんな男さっさと捨てちまえばいいのにな」
「脅されているのかもしれない」
「あぁ・・・写真とかで?」
「写真?」
小柴佳代がその言葉に反応したのに気付いた崎本は急いで結論を言う。
「つまり、このおっさんこそが小柴佳代の居場所を知る手がかりだ」
崎本が結論を述べたと同時に、場の空気が止まった。
「そりゃそうだろ」
「そのつもりでここに来たんだしね」
少し格好つけて結論を言ってしまったことで崎本はあまりに恥ずかしくなった。
崎本はすぐに提案する。
「よし、探そう」
「どうやって?」
「お前お得意の聞き込みだよ」
崎本は言いながら川北を指差す。
そう言い、三人別行動で小柴佳代と付き合っている男の捜索に出た。だが、崎本は二人がいなくなった時点ですでに目星が付いていた。
「聞いてたろ?何か知ってんなら教えてくれよ」
崎本は足元でダルそうに寝転ぶ雑種犬たちに問いかけた。
そして崎本たちが辿り着いたのは、都内から外れた郊外にある大きくも小さくもない人気のない山だった。
「どうやってここって分かったんだよ」
「何でも中年男はここによく来るらしい、人から身を隠すには最適じゃないかって言ってた」
「誰が」
「よく鼻の利く情報屋だよ」
犬たちの情報網に、崎本も驚いていた。老犬になると近郊の地名くらいは分かるようになるらしい。
「確かに、ここならわからなそうだな」
「話によれば、ここに小柴佳代もいるみたいだ」
「え?一石二鳥じゃん」
「というかほとんど本末転倒なんだけどな」
「ねぇ崎本くん。誰にそれ聞いたの?」
「だから情報屋だよ。ハム与えたら簡単に教えてくれた」
崎本が雑種たちから聞いた話によると、一週間前、中年男は大荷物を抱えてこの山の方へ行く途中一度公園に寄り道していたらしい。
まさか犬だけでなく人まで探し出せるとはなぁ・・・と崎本は自身の特異性に感心していた。
「さて、じゃあどうやって探そうか?」
「山道が二本でてるな、二手に分かれよう」
「じゃあ俺が一人で行くよ。元登山部だからな。山には慣れてるのよ」
「あれ?お前サッカー部じゃなかったの?」
「ああ、それは助っ人」
そして、崎本と田部が西の山道から、川北が東の山道から入っていくことになった。
いざ出発しようとしていたときだった、崎本たちがサングラスをかけた男に話しかけられた。ガタイがよくて落ち着きのない感じは、がらが悪くも見えた。
「君たち、こういう男をここらへんで見なかったかな?」
サングラスの男が見せてきた携帯の液晶に映っていたのは、まごうこともなく、小柴佳代の付き合っている男だった。
「いやぁ、僕たちもここらへん初めてなんですよ。そんな人見たこともないですね」
口から生まれてきた男川北が、すらすらと嘘と本当を述べる。
崎本は、内心不安を覚えながら男を見つめた。
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