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崎本が物心ついて初めて話した犬は、崎本宅で飼われていたゴールデンリトリバーだった。崎本にもよく懐き優しく話しかけるそのゴールデンリトリバーを崎本も大好きだったが、崎本が四歳の時寿命で死んだ。最期にそのゴールデンリトリバーは崎本の顔をなめながら言った。
「言葉が分かる相手が、君みたいな子でよかった」
崎本は、その言葉の意味が「お前しか言葉の分かる相手がいない」というものだということにそのときは気付かなかった。
「さっきの男だけどな、あれこそが借金取りだと俺は思うな」
「あぁ、俺もそう思う。」
崎本と河北は、山の中で電話で話し合っていた。
「てことはだ、アイツが小柴佳代にたどり着く前に俺たちが見つけ出してつれて帰らないと危ないかもしれない」
「分かった。急ぐよ」
崎本は電話を切りながら、山の中でも携帯は使えるんだなぁ、と感心していた。
「なんか・・・本当に映画みたいだね」
崎本の隣を歩く田部が言った。軽口こそ叩くが、彼女は自分の先輩の身を案じ浮かない顔をしていた。
「多分な、探すの自体は簡単だと思うんだよな・・・」
「え?そうなの?」
言いながら崎本は周りの声に耳を澄ませる。
「あ・・・犬だ」
田部が崎本たちの進行方向を指差す。そこには小汚いトイ・マンチェスター・テリアが居た。崎本たちを食い入るような顔で睨みつけていた。
「ねぇ・・・何かにらまれてない?私たち」
「おいお前」
崎本は思い切ってそのトイ・マンチェスター・テリアに話しかける。
「ん?」
崎本の予想外の反応に驚いたのか、トイ・マンチェスター・テリアは警戒心を増した。
「ここら辺にさ、俺たちぐらいの女の人が来てない?案内して欲しいんだけど」
「お前たちは誰だ?」
「俺は崎本、こっちが田部」
崎本の自己紹介に田部は少し戸惑っていた。「崎本君?」そりゃそうだ、と思いはしたが崎本は気にしなかった。
するとトイ・マンチェスター・テリアは言った。
「そのカバンの中身をくれたら考えてやってもいい」
すごいな、犬の鼻って、と思いながら崎本はカバンから余ったハムを取り出した。
トイ・マンチェスター・テリアに先導されて山道を歩きながら田部は感心し続けていた。
「崎本君・・・本当にすごいね。怖くはないの?」
「怖い」
「いいなぁ、私もワンちゃんとお話してみたいなぁ」
「あ、止まった」
歩き始めて二十分ほどして、トイ・マンチェスター・テリアが止まった。するとそこには、どれも綺麗とはいえない犬たちがひしめくように居た。
「うわぁ・・・犬がいっぱいだぁ」
崎本も驚いていた。そしてこれが心無い飼い主に捨てられた犬たちだと気付いた。小汚いが、どれも野生にいるような犬ではない。
「何だ?お前たちは」
低い声に崎本が振り返ると、そこには年老いたドーベルマンが居た。
「ここにいるはずの人に会いに来たんだよ。それも結構急ぎの用事でね」
「また犬を捨てにきたのか?」
「は?」
「お前たちはいつもそうだ!要らなくなったオレ達をここに捨てに来たんじゃないのか!?あの警官のように!」
「ひっ」
ドーベルマンの一吼えに田部がおびえる。そらそうだ、俺だって怖い。
「アンタは・・・警察犬だったんだな?」
崎本はドーベルマンの言葉から推理する。だからやたら体が大きくてリーダーシップを発揮してるのか、と崎本は思いながら続ける。
「犬を捨てるつもりなんかないよ。だから人に会いたいだけなんだって。これやるからどこにいるのか教えてくれよ。まさか襲ったりしてないだろうな」
崎本は言いながら自分が早口になってることに気付く。俺はなんでこんな焦ってるんだ?
崎本はカバンからハムを全部出して放り投げる。
犬たちが飛びつこうとするのをドーベルマンが睨みつける。
食べてもいいのに・・・。
「・・・少し歩いたところに山小屋がある・・・そこに居るよ。あいつらは」
「ありがとう」
崎本は礼を言ってその場を立ち去る。
「崎本君って・・・本当にすごいね・・・」
田部が崎本の後ろで怯えながら言った。
通り過ぎる瞬間、ドーベルマンが「あいつらは、他の人間と違う」と言ったのを崎本は聞いたが、さらに聞きはしなかった。
結論から言えば、ドーベルマンの言うとおり、小柴佳代と中年男は山小屋にいた。
だが、それ以上にまずいことが起きていた。
山に入る前に見た借金取りがすでに山小屋に近づいていたのである。
姿こそ見えなかったが、犬たちが遠くで叫んでいるのが崎本には聞こえた。
「小柴先輩!何してるんですか?」
「田部ちゃん」
田部を見た小柴佳代は驚いた様子を見せた。崎本たちが小屋に入ったとき、二人は丁度大きな荷物を広げていた。中身は大量のドッグフードだった。
「ドッグフード?あんたたち何して・・・」
崎本の疑問も通り越して、田部は叫んだ。
「先輩聞いてください!今、その人の借金取りがここに来てるんです!!早く逃げましょう!!危ないんです」
「え?借金取り?」
小柴佳代は中年男を見つめながら戸惑った。対する中年男は、自分の秘密をばらされたかのようなバツの悪さを浮かべている様に見えた。。
「よぉ、兄ちゃん。さっきは旨いハムありがとよ」
崎本がドーベルマンに気付いたのは、彼が小屋の扉の横に寝転び裂き元に声を掛けたときだった。
「おまえ・・・」
崎本はその瞬間、今までにないほど頭を回した。
崎本の目にぐるぐると色々な場面が映った。
借金取りがこの小屋を見つけ、ずかずかと入ってくる。携帯電話を取り出し「あぁ見つけましたよー。女も一緒です」と誰かに電話する。恐らくすぐにでも仲間が来るのだろう。その間に借金取りは中年男を殴りつけ、近くにいる崎本も殴られる。痛い。
その後全員縄か何かで自由を奪われて、恐ろしい拷問劇が始まる、という場面が崎本の頭の中に次々と浮かんできて、崎本は背筋が凍った。
「おい!お前なんとかできないか?」
崎本はとっさにドーベルマンに向かって言った。
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