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 崎本の祖母は、犬をこよなく愛する女性だった。
その影響で、崎本の母親は幼少期より犬に囲まれていた。
小型犬から大型犬まで、およそ崎本の母親が知らない犬はほとんどいなかった。
そんな環境で育った崎本の母親は犬をどんどん好きになっていった。そして崎本の母親は、いつも彼女の母親の特異性を感じていた。

崎本の祖母は、まるで言葉が分かるかのように、犬の気持ちを理解することが出来た。
 
「崎本君?」

田部が不安げに崎本を見るが、もはや崎本にはそんなことにかまっている余裕はなかった。
「頼む!少しの間でいい!今から来る奴を食い止めてくれないか!?」
「何で俺がそんなことをしなければいけないんだ。面倒くさい」

ドーベルマンはすげなく断った。そこには、警察犬としての張り詰めた空気は無いと崎本は感じた。

「ねぇ、君たち一体何の話をしているの?」

事態がまるでのみこめていない小柴佳代が不安げに崎本に近づいてきた。崎本は舌打ちする。

「今から来る奴はお前たちを捨てる最低な人間と同じようなやつらだぞ!悔しくないか?」
「お前何言ってるんだ?少し落ち着いたらどうだ」

犬に何言われてるんだ俺は?と崎本は頭をかきむしる。

「崎本君、一度落ち着きましょう。どうしてそんな慌てているの?」
「もうそこまで来てるんだよ。あいつらがそう言ってる!」
「あいつら?」
「とりあえずここから出よう!小柴佳代さん!」
「え・・?」

見ず知らずの青年に突然フルネームを呼ばれ小柴佳代の動揺はより大きくなる。恐らくこの場で最も困惑しているのは彼女だ。

「おーい。もうそこまで来ましたよ~」
「あぁん?」

崎本は小屋の外から聞こえた声に反応する。
どうやら雑種の一匹がドーベルマンに余所者がやってきたことを報告しに来たらしい。やっぱりお前はこのあたりのリーダーなんだな。すげえ・・・と崎本は感心し、そんな場合ではないと再び慌てる。

「もうそこまで来てるって・・・」

崎本は田部に言う。それに対し「ひっ」と声を上げたのは誰でもない中年男だった。

「え・・・ど、どうすれば・・・」

崎本の動揺を感じ取ったのか田部も眉をひそめ始めた。
崎本たちにとって、追ってくる借金取りはもはや大量殺人犯よりも恐ろしい存在になっていた。
崎本は息を大きく吸った。そして勢いよくドーベルマンの前足の付け根を掴む。
ドーベルマンは驚き身を引こうとするが崎本は強くその肩を握った。

「誇りはどうした!?」
「な?」
「お前悔しくないのかよ!?人間に好き勝手されてさぁ!!お前元々警察犬だったんだろ!!その誇りを取り戻せよっ!!」

崎本は、今までの自分とは明らかに違う自分を感じていた。まるでさなぎの殻を破って蝶がその肢体を外界に出そうとするような苦痛を感じた。
俺は何をこんなに熱くなっているんだ・・・?
だが、崎本の混乱をよそに、ドーベルマンは立ち上がり。小屋の外へと歩いていった。そして崎本に一言告げた。

「なるほど・・・取り戻しに行ってみるか」

ドーベルマンは勢いよく走り出し、すぐに見えなくなっていった。
崎本は高鳴る胸の鼓動を抑えながら振り返った。予想は出来ていたが、場に居る三人は、恐ろしいものを見たかのように、口を開き固まっていた。
崎本は絶望に打ちひしがれた。
あの時と一緒だ。
もはや崎本はどうすればいいか分からなくなりその場にしゃがみこみそうになった。

「すごいよ!崎本君!あの犬、借金取りさんを追い払いにいったんでしょ?」

歓喜の声を上げたのは、田部だった。その顔に、崎本が見たくもない嫌な視線は無かった。

「え・・・うん」

崎本は、自分の鼓動が途端にトーンダウンしていくのを感じた。

「とにかく、今のうちに外に出よう」

崎本たちが外に出ようとすると、その瞬間山中に響くような声が響いた。

「佳代ぉ―――――――――っ!!」

崎本が見ると、二十メートルほど先にあの借金取りがいた。

「うそだろ!?早っ」

借金取りは服の手と足が破け、血が出ていた。それでも必死の形相で走ってきた。
おいおい、あのドーベルマンはどうしたんだよ。腐っても警察犬だろ、必死の攻撃の割には、与えた傷が小さすぎないか?
崎本がさらに先を見ると、ドーベルマンが疲れた顔で横になっていた。
その顔には「やっぱ年には勝てないな」といった哀愁も見えた。

「佳代っ!!」

借金取りは再び叫ぶと崎本たちが見えないかのように通りこした。
崎本には、その瞬間が、ビデオのコマ送りのように見えた。
自分の横を素通りしていく男、田部も同様に驚きの色を浮かべながら男をよける、男は自分の手足の痛みも省みない勢いで小柴佳代に近づきそして、中年男の顔を思い切り殴りつけた。

「お前かぁ!!!」

もう止めようが無かった。男は中年男の上に乗り拳の応酬を浴びせた。

「佳代に何をした!?ああ!!」
「ちが・・・私と佳代ちゃんは・・・そういう関係じゃ」
「佳代ちゃんなんて呼ぶんじゃねえ!!」
「ちょ・・まって!!やめて!!」

意外にも、その仲介に入ったのは小柴佳代だった。男の肩を押さえる。
田部が崎本のほうを見つめる。

「これって・・・どういうことなのかな?」
「全然分からない」

崎本は完全に状況が飲み込めなくなっていた。事態は自分の脳内のキャパシティーを大きく超えていた。
小柴佳代の仲裁を振り切り男が再び中年男に掴みかかる。

「あの犬を俺にけしかけたのもお前か!このクソ野郎!!」
「違う!!違うんだ!!」
「犬をけしかけたのは崎本君だよね」
「そうだっけ?」

 
 
人気の少ない各停電車の車内で、崎本、田部、川北の三人は隣り合って座っていた。

「つまり、あの借金取りだと思ってた男は小柴佳代の本当の彼氏で、小柴佳代をたぶらかしていたと中年男から彼女を守ろうとしてただけってことか」

崎本がぐったりと言う。心神耗弱とはまさにこのこと、と思った。

「さらに言うと、あの中年男は小柴佳代の交際相手でもなんでもなく、ただ本当に「趣味の一致」で一緒に行動していたらしい」

川北が続ける。

「あ、あの借金の件は?」

田部が河北に訊く。

「実はあのホームレスの親父だけどな・・・」

川北が一息おく

「地元でも有名なほら吹き親父らしい」
「じゃあ嘘ってことか?借金」
「いや、嘘ではないんだが。少なくともおっかない男に追い詰められるほどではないらしい」
「ばっかばかしい!!」

崎本は弾力の弱い電車の椅子にもたれかかる。何が馬鹿馬鹿しいって、俺は何であんなに熱くなってしまったんだよ・・・。

「ていうか小柴佳代とあの中年男とで共通する趣味って何なの?」

今度は川北が田部に聞いた。
「あ、それは多分、ウチのサークルの活動だと思う」
「サークルって・・・何サークル?」

そういえば訊いてなかったと、崎本は田部に尋ねる。

「『犬を愛でるサークル』」

田部は目を輝かせながら言った。

「やっぱり」

小柴佳代とは気が合わない。誰がって、俺が。崎本は落胆した。
 

「ねぇ、崎本君も入らない?本当は好きなんでしょう?犬」
「いや、本当に嫌いだよ」

川北が降り、崎本と二人っきりになった田部は快活に話し始めた。

「私たちはね、ただの犬好きじゃないんだ。ああいう犬を捨てるようなひどい人たちから犬を守るような活動もしてるんだよ」
「へぇ、それはすごいね」

田部はその後も『犬を愛でるサークル』について、崎本が電車を降りるまでの三十分間話し続けた。
 

崎本は、ただ聞いていた。
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★ プロフィール
HN:
FUJIMI
性別:
非公開
自己紹介:
素人小説家。
今作が二作目。

温かく見守っていてください。
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