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庄野が高校に入学してまもなく、庄野の父は末期ガンで亡くなった。
倒れてから二ヶ月でのことだったので、庄野も、母親もとても気持ちの整理など付かず止まらない涙をぬぐいながら父の手を握り続け父の最期を看取った。
庄野の父は、妻と娘の必死の呼びかけのおかげか、医師の全力を尽くした救命措置のおかげか、死の寸前ほんの少しだけ意識を取り戻した。そして見つめる庄野に「誇りを取り戻せ」と言った。
「クズは言いすぎなのではないですか?」
庄野は教頭に言い寄った。
騒動が起きてから数時間経ち、生徒たちが皆下校した後、庄野は胸に残ったわだかまりを解消すべく教頭のデスクに向かった。
「それよりも」
「それよりも?」
「何度もしつこいようだがね、彼女たちの態度は明らかに君の監督不行き届きだ。このままでは君の立場が危ういということを君は理解しているのかね?」
庄野は下腹部に、熱くてどろどろしたものが溜まっていくのを感じた。嫌な感覚だ。
「い、今はそういうことを言っているわけではないですよ?教頭先生こそ、生徒に対して度が過ぎています」
庄野の隣で今井が痺れを切らして言葉を出した。
「元を正せば庄野先生、あなたの教育が間違っていたからなのだよ?これ以上何か問題が起こるようならば、あなたには然るべく処分を下そう」
教頭は庄野の額に人差し指を向けながらい言い放った。
「卑怯です!!!」
帰り道、今井は突然声を張り上げた。
静けさをいきなり破られたものだから、庄野は一瞬驚き対応した。
「教頭?」
「ええ、なんなんですか?あの態度は」
「確かにね、私も少し腹が立ったわ」
「私は・・・もう・・・本当・・はら、はら、はらわた煮えくり返りそうですよ!」
この子は頭に血が回ると言葉が寸詰まりになる傾向があるわね、と庄野はまるで自分の教え子を見るかのような目で今井を観察した。
「私も、生徒をクズ呼ばわりするような教師は間違っていると思う」
「それもそうですけど!!」
庄野は今井のさらにトーンの上がった声に再び驚いた。
この調子で行くと、そのうち近隣の住民から苦情が来るのではないのか?
「あの教頭、あれは完全に職権乱用ですよね!権力で押しつぶそうとしてるじゃないですか!」
「職権乱用?」
微妙にニュアンスが違っていない?と庄野は思った。理系人間でもそれぐらいは分かるのよ。
「だって、あれ遠まわしに「このままだったら、お前をクビにするぞっ」って言ってるじゃないですか!庄野先生のこと」
「まぁ、いきなり解雇ってのは無いにしても減給くらいはやりそうな雰囲気だったわね」
「ほらぁ!庄野先生はちっとも悪くないのに!!」
ちっとも悪くない、と言われてしまうと少し後ろめたい、と庄野は内心つぶやいた。
「大体あの先生、エリート志向だからこの学校に赴任したときから絶対私たちのこと見下してますよ。元は附属校の先生ですから」
今井の言うとおり、庄野たちの私立高校の教頭は、元々全国有数の名門私立大学附属のエリート高校で教鞭を振るっていたが、何かの問題で学校を出ざるを得ず、結局数ランク下の中堅進学校である今の私立高校に来た身である。
自分が今いる場所は自分にはあまりに分不相応な場所であると思っていてもおかしくないだろうなぁ、生徒の質も大分違うだろうなぁ、と庄野は見たことのない学校の生徒たちを創造してみた。
「特に庄野先生のことは特に!目の敵にしてますよ!気をつけてください」
「私?」
庄野は自分の顔を指差しながら応じた。
そういえばさっきもそんなこと言っていたなぁ、と庄野は数時間前を思い出す。
「じゃ、私はここで」
今井は今までの話を終わらせ、庄野に挨拶した。いつの間にかもう今井のアパートの前まで着いていた。
「ああ、じゃあまた明日」
「明日は、今日みたいなトラブルが起きないといいですね」
翌日、今井の予想は半分当たり、半分はずれることになる。
トラブルは、起きた。
内容は、昨日よりももっとひどかった。
庄野たちが昼食を学食で取っているとき、隣接する職員室から嫌な音が聞こえた。具体的には、ガラスの割れる音だ。
庄野たちが急いで行くと、状況は最悪だった。
職員室の七枚ある窓ガラスのうち、二枚が派手に割れていた。それも、教頭のデスクの近くの二枚だ。
「硬球・・・ですか?」
ドアの辺りで職員室に散乱している物体を見た今井がそうつぶやいた。
庄野もそう思った。野球の硬球があちこちにちらばっている。さらに投げ込まれた。
「何ですかこれ。どうなってるんですか?」
今井が両の頬に手を当て状況を見つめていた。
「やめるんだ!!」
叫んだのは教頭だ。硬球は、教頭に向かって投げられているようだった。
庄野は走った。ドアから割れた窓までの十メートル強をヒールのまま駆けた。
「あんた達!やめなさい!!何を考えているの!?」
窓から身を乗り出し庄野は叫んだ。
そこで庄野は驚愕した。
硬球を投げていたのは、庄野の受け持つクラス二年一組の生徒だった。
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