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元々犬嫌いだったのか、犬の言葉が分かるから犬が嫌いになったのか、崎本はもう覚えていない。ただ、まだ崎本が幼い頃、道端に寝ている犬と熱心に話しているのを見て周りの大人が奇異の目で見つめていたことが崎本の犬嫌いの要因のひとつになったことは言うまでもない。
 
 
「今からどこ行くんだよ?」
「親のところだよ。行方不明の子の」
「どこにあるんだよ」
「房総」
「嘘だろ?」

崎本と河北は、普段乗らない郊外へ向かう快速線に乗っていた。

「あ、もしかして金ない?じゃあ俺が出すよ。心配すんな、あとで返せなんてけち臭いこと言わないからさ」
「いやいや、マジで房総まで行くつもりか?」
「今三時だろ?つくのが五時前ぐらいだとして、まぁ九時までには帰れるだろ」
「冗談じゃねえ」

崎本が文句を言いながら、河北はつらつらと話し始めた。
いなくなったのは、崎本たちの通う大学の一年先輩に当たる二十歳の女性「小柴佳代」。彼女は一週間前に下宿に「少し出かけます。」と置手紙を遺し、大学に数日休むと連絡を入れ、母親にもその旨の電話を寄越した後姿を消した。一週間経っても帰ってこないことに違和感を抱いた小柴佳代の後輩が警察に捜索願を出すも不審な点が見当たらないと追い返されたらしい。

「そらそうだろ」
「何?」
「お前、そこまでちゃんと手順を踏んで出かけたんだから警察が動くわけないだろ」
「何か事件に巻き込まれてるかもしれないだろ」
「そんなことで動くほど警察もヒマじゃない」
「人の税金で食ってるくせに」
「俺は俺の税金をそんな捜査に使って欲しくないけどな」
「数日休むって言ってもう一週間だぞ?これはおかしいだろ」
「一週間も大きく見たら数日だよ。案外適当なんじゃないのか?」
「いや、小柴佳代はかなり几帳面な性格だ。周りの人間が引くぐらい几帳面らしい」
「例えば?」
「本屋の文庫本が作家順に並んでないのを全部直したことがあるらしい」
「それは引くな」

崎本は自分の隣の女性がそうする場面を想像した。そして居心地が悪くなった。

「なんでも両親が適当な性格だからそれを反面教師にして几帳面になったとか」
「人間はちょっと抜けてるぐらいが丁度いいんだよ」
「いや、その両親は周りの人間が引くほど抜けてるらしい」
「例えば?」
「十日間の旅行に行くときに戸締りを忘れたらしい」
「それは引くな。超引く」
崎本は自分の両親がそうする場面を想像した。そして戦慄した。
「ていうかお前詳しいな」
「あぁ、その小柴佳代の後輩が色々教えてくれた」

川北という男は、柔らかい物腰で出会う人間片っ端から知り合いになって、水がフローリングを流れる勢いで人脈を増やしていくような男だ。さらにどんな頼みも安請け合いしてしまう人のよさが災いして様々な人間から頼みごとをされるらしい。

「あぁ、ちなみに小柴佳代は大の犬好きだ」
「それは気が合わないな」
「誰と」
「俺と」
 
 
旦那、つまり小柴佳代の父親を早くに亡くした小柴佳代の母親は、話しに聞いたとおりの適当さだった。
まず、川北のついた「小柴佳代は自分の先輩」という嘘にも見事に引っかかり、立て板に水の如く娘が自分と違いいかにしっかりものかということについて散々語った後、小柴佳代の恋人の写真を二人に見せた。それは、小柴佳代の友人が隠し撮りしたものであり、隠し撮りせざるを得ない内容のものだった。
小柴佳代の母親は、最後に満面の笑みで語った。その言葉は崎本と川北をより一層不安にさせた。

「あの子は私と違ってしっかりものだから。私は何も心配してないの。きっと天国のお父さんもそうよ」
 
 
「援交かな」

河北は、数少ない他の乗客に聞こえないよう小さな声で崎本に言った。
ゆれの少ない快速電車のいすにもたれかけながら、崎本はうなずいた。

「どう考えてもあれは彼氏って感じじゃねえよ」
「だよな」

言いながら河北は携帯を開き、小柴佳代の母親に転送してもらった画像を眺める。
そこには、四十台から五十台にも見える中年の隣を笑顔で歩く小柴佳代の姿があった。
それだけならば崎本と川北も、小柴佳代が金欲しさに自分の身を売るような女であるという予想には踏み切らなかった。何よりの問題は、その写真が写された場所が新宿の人気のない通りであったからである。

「とりあえず、このオヤジに接触しないことには小柴佳代にはたどり着けないな」
「それ、俺も同行しなきゃ駄目か?」
「同行してくれないのか?」

崎本は川北の反応に困惑した。

「頼む、力を貸してくれ。」
「嫌だよ。絶対こんなん見つけられるわけない」
「分からないだろうが」
「どうするんだよ」
「・・・とりあえず新宿で聞き込みをする」
「冗談はやめろよ」
 
翌日日曜日の早朝、崎本は川北からの電話で目を覚ました。
河北は「重要な証人を見つけた。今すぐ新宿西口に来い!特急乗って来い!」と寝起きの崎本に怒鳴りつけて電話を切った。崎本はベッドから降りクローゼットを開けた。
崎本は、その相手の意見を聞かない話し方に、昨日はなしたビション・フリーゼを思い出した。
 
「本当に聞き込みしてたのかよ」
「ああ、早くも成果が出たぜ!」

崎本が新宿駅に着くとすぐに川北は崎本を人通りの少ない公園に呼び出した。たどり着いてみると、河北はそこでホームレスと語らっていた。

「この人がさ、知ってるんだってさ。この援交相手」

決め付けるなよ、と崎本は反論しようともしたが、実際自分もどこをどう見れば援交でないのだろうと思ったのでやめた。

「あぁ・・・この人はねぇ・・・よく来るんだよ・・・ここにね・・・まぁ同業者さね」
「えっ、ホームレス?」

本人に向かってその言い方は駄目だろ。崎本は内心ひやひやした。だが、ホームレス男は気にもせず話を続けた。

「なんでも借金があるようでなぁ・・・家をなくしてからはよくここへ泊まりにくるようになったんだよぉ・・・その借金ってのもなかなか変わったこさえ方みたいだよぉ」

崎本たちは無言だった。頭が混乱して何を言っていいか分からなかった。

「金がなくても援交ってできんのかな?」
「いや、援交しすぎて金がなくなったんだな」

崎本たちがぼそぼそと耳打ちしあっていると訝しげな顔をしたホームレス男は違うところを見て屈んでいた。

「おお、お前たち。元気だったかぁ・・・」

崎本が見ると、ホームレス男の周りにはたくさんの犬がいた。数ええてみると七匹だった。
「どうした?腹が減ったか?」

ホームレス男が犬に話しかけるのを見つめながら崎本は犬の言葉を盗み聞きした。残念ながら犬が騒いでいるのは空腹ではなく「余所者が入ってきた」と言っているのであった。

「ここは俺たちの場所だろ。おい」

雑種の一匹が言う。

俺たちがいるから騒いでるだけですよ」

と崎本は伝えると、七匹の犬のうち一匹が崎本の方を向き

「あれはお前の仲間か?似た匂いがするぞ」

と言った。え?。崎本は不審に思い周りを見回すと一人の女が目に入った。
いくら崎本が人の名前を覚えるのが苦手だといっても、昨日話した相手は流石にまだ忘れていなかった。

「・・・田部?」
 
「あー!崎本くん!」

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