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庄野の夫、「正志」は気さくで頭も切れるが、冷静沈着で自分の意見を通すよりも人の話を聞く方が好きなタイプの男である。
熱くなりやすい庄野のパートナーとしてこれ以上なく適している彼に庄野が惹かれるのに時間はかからず、二人は大学一年で付き合い始めた。
そんな彼も、ただ一度庄野も驚くほど感情的、直情的に、無鉄砲になったことがあった。
それは、庄野が度の超えた趣味にのめりこみ、危うくおかしな男に騙されそうになりかけた大学二年ときの話である。
 
 
「うん。そうか・・・」
延々と話し続ける庄野の言葉を一言一句しっかり聞き取り相槌を打ちながら訊き続けてくれる正志に、庄野はもはや長時間通話による電話料金の超過など気にせず話し続けた。

 
2日前に起きた庄野の担任のクラスの暴動、2年1組は処置が決まるまで自宅謹慎、当然担任と副担任である庄野と今井も登校を控えさせられたこと。

 
庄野は電話越しに関西に出張している夫に語り続けた。
一通り話し終え、喉の渇きを感じ冷蔵庫を開き麦茶のペットボトルを取り出したところで、受話器の向こうの正志が話し始めた。

「俺は直接今の教育事情に触れる機会がなかったけど、でも今昔よりも学校が荒れてるって話は聞いてたよ。昔はほら・・・クラスの誰かが不登校になるだけでちょっとした騒ぎになっていたもんだけどな」

正志が自分たちの時代の話をする。もちろん庄野も同じ時を生きてきた人間なので回帰することは出来る。

「今じゃよくある話よ。うちの学校でも同時に10人も学校に来なくなったクラスもあるわ。」
「10人!?信じられないな・・・仮にも私立中学だろう?」
「悲しくも学校に通わなくても学費を払い続ける余裕のある家もあるのよ。最近じゃ」

現在、格差社会はさらに広がり、底辺は下がり続け逆に上層はどんどん上がっていった。庄野の学校はどちらかというとその上層を対象としている学校なのでそういった事態も往々として起きうる。
しばらくの沈黙の後、正志は口を開いた。

「今週いっぱいだっけ?謹慎は」
「うん。そのあとウチのクラスの処分が決まるの。多分、あまり言い風には行かないわ」
庄野は重々しく答えた。
「まぁ何だ、今回の件はきっとお前だけの責任じゃない。あまり思いつめるなよ。そういうのはお前の悪いところだよ」

正志は言った。庄野はその言葉に少し考えてから答える。

「・・・うん」
「丁度いい機会だ、ちょっと休んだらいい。少し現実から離れてみてもいいじゃないか。俺もあと10日で帰るから」
「うん。分かった」

庄野は「じゃあね」と言って電話を切った。
正志の言った優しい言葉を頭の中で反芻する。
確かに正志の言うとおりだ昔から私の悪いところは根つめすぎてしまうことだ。たまには息抜きでもしなきゃいけない。
でも。
軽快な着信音が流れ出したのはそのときだった。
庄野は携帯電話を手に取る、発信者を確認し、電話に出る。

「もしもし、どうしたの?」

 
 
今井の酒の飲み方には流石の庄野も驚いた。
全国的にチェーン展開している飲み屋で集合して飲み始めてからすでに今井はビールのジョッキを2杯飲み干し、次のジョッキを頼んでいた。
庄野は自分の半分ほど残ったジョッキを見つめた後、ちっとも顔の赤くなっていない今井の顔を見つめた。
人は見かけに寄らないものだ。

「はぁ・・・」

庄野が見ていると今井は大きなため息を吐いた。

「私、退屈です」
「ん?」

今井は並べられた料理の皿を虚ろに見つめながら庄野に切り出した。

「私、もちろん楽しいんですけど、やっぱり先生の仕事ってすごく大変で、時々は「あぁ~休み欲しいなぁ」なんて思ったりもするんですけどね・・・」
「そんなのみんな一緒だよ。私だってしょっちゅう思う」
「でも、学校のない生活がこんなに退屈だとは思いませんでした」

今井は庄野の方を向いた。心なしかその目は今にも泣き出しそうだった。

「楽観的にいようと思って、せっかくの機会だからと色々やろうとしたんですよ。録り溜めしたドラマを見たり、読んでなかった雑誌を読んだり、あまりしない料理をしたり・・・でも、そんなときでも「あ、今三時間目か」とか「そろそろ部活の時間だなぁ」とか・・・学校のことばかり考えちゃうんです。気がつくと」
「あなたはいい教育者よ。今井先生」

庄野は、やっぱり今井も自分と同じようなすごし方をしていたのだと半ば驚く、ただそれは教師として一つあるべき姿なのかもしれないと思った。

「どうなっちゃうんですかね、2年1組・・・」
「うん・・・」

庄野には、何となく分かっていた。
主犯の男子を始めとした硬球を投げた生徒たちは、恐らく退学処分、上手くしても長い自宅謹慎期間が待っているだろうとは予想がついた。
庄野の脳裏には、ひざを抱えうつむく教え子たちの姿が映った。

「どうしてこんなことに・・・」

庄野がボソッとつぶやいたところで、事件は起こった。

 
「ねぇねぇ、君たち可愛いね」

庄野が振り返ると、そこには数人の若い男たちが立っていた。
恐らく庄野より少し年下か同い年くらいだろうが、風貌や態度から、ずっと幼く見える。
先頭の若者が、今井の肩に手を乗せ、一見友好的な笑みで続けた。

「この後ヒマ?」
「え?あ、え?」

今井はとっさのことでまともに言葉を出せなかった。お酒が回っていたのもある。

「俺たちとさ、ちょっと遊ばない?すっげえ盛り上がる店知ってんだけど」
「あの、すみません・・・私たちは」
「ちょっと・・・」

庄野は立ち上がろうとした、すると若者は庄野の方にも嫌らしい笑みを浮かべ口を開いた。

「そっちの彼女も美人だね。何やってるの?仕事は」
「教師よ。中学教師」

庄野は強く言った。教師という職種は、自分たちを守る盾になるような気がした。
しかし、その希望も脆くも崩れた。
先頭の若者は笑いながら後ろの取り巻きに言った。

「先生!?おい聞いたかよ。彼女たち学校の先生だってよ」
「へぇ!すげー」

後ろの若者が適当な相槌を打つ。

「こんな美人な先生が教えてくれるのか~いいなぁ~今のガキは」
「あの、本当・・・困ります」

今井が小さく反抗した、肩に乗せられた手を振り払おうとする。
すると若者はその今井の手を引っ張り立ち上がらせた。

「ま、ま、先生も今日は無礼講だよっ。ぱーっと遊ぼう!ぱーっと!!」

今井は気付くと若者たちに囲まれていた。その目は涙ぐみながら庄野に助けを求めている。周りの人たちはこの騒動に気付いているが関わるつもりはないようだ。従業員ですら出てこない。
庄野の周りにも、若者が回りこんできた。

「アンタたち、仕事はしてるの?」
「してないよ。こいつの父ちゃんがさ、社長でなメッチャ金持ってんだよ。だから俺たちはいつもコイツにお小遣いをもらってんだ!」

若者は笑顔で一人の若者を指差した。「だから金は心配しなくていいよ」と続けた。

「俺たちって勝ち組だよな」

 
庄野は憤った。自分たちが受けている野蛮なナンパにではない。彼らの生き方、考え方にだ。目の前の少年たちは、自分たちが抱えている問題や、社会の底に渦巻く負の塊のことなんか一切考えず生きているんだ。
俺たちには関係ない、と

 
庄野は立ち上がり、そして叫んだ。

 
「誇りを取り戻しなさい!!」
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今作が二作目。

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